私が
皇太子妃雅子様に初めて違和感を持った出来事を書きたいと思います。それは、
愛子様の報道が極端に少なくなり、愛子様がご病気ではないかという噂が流れていたときのことです。東宮両殿下は、皇太子殿下ご自身が撮影されたホームビデオを公開されました。それは、愛子様が絵本を音読される、とても可愛らしいもので、誰もがほっと和むような映像でありました。それが何度となくテレビで放送されたのですが、その都度流される「皇太子妃雅子様はこの映像を公開されるにあたって『とても傷ついている』とのことです」というアナウンサーの言葉が気になりました。これは、つまり「国民から病気を疑われて、こんな私的なビデオを放送せねばならないことに、とても傷ついている」ということだと思うんです。誰でも自分の子供を「病気に違いない」なんて言われたら嫌です。でも、それというのも愛子様の映像が極端に少ないことに起因していますから、普通に映像を流してくだされば良かったのではないかなと思います。
まぁそれはさておきまして、私は皇族が「自分は傷ついている」という風に感情を露にするのに非常に驚きました。そして、それを放送する度に言わせる気の強さにも驚きました。この言葉は、言ってみれば、ビデオを見る人(国民)に対する非難の言葉ともとれます。
このように露骨に感情を表し、国民を非難するやり方は、私の知っている皇族の姿ではないし、望んでいる姿でもありません。
そもそも皇族というのは、菊のカーテンのあちら側で、庶民が考えられないような生活をなさっているはずなのです。少し前にNHKワールドで見た、昔の王様の生活(どこの国かは聞き逃しました)は、朝8時に目が覚めると目覚めの儀式が始まり、ベッドの周りには100人以上の人が見物しており、その中で接見をしながら王様は着替えをなさるのです。続いて、夜ベッドに入るまでは全てが儀式や公務であり、完全に一人になれるのは眠っているときのみということでした。
今の日本の皇族方は、天皇陛下でさえこれほど堅苦しい生活はなさっていないようです。
話はそれましたが、それまで日本全国「雅子様がお可哀想」という風に言われていましたから私もそう思っていましたが、「自分は傷ついている」と、アナウンサーに言わせる自己主張の強さには閉口しました。(推測ですが、「私が傷ついていることを必ず放送前に仰ってください」などの指示があったのではないかと思われます)
自分の痛みには敏感なのに、他人の痛みには鈍感な人。そういう姿が浮かんできました。
何故って、その言葉が他人に与える影響力ということを考えれば分かるでしょう。
「私は傷ついています」というのは、「あなたが傷つけたのですよ」という非難の声に聴こえます。
そういった言葉とともに公開されたビデオが意味するものは、「うちの子はそんな病気じゃありません」ということだと理解していますが、「そんな病気」と言われる立場の人たちが存在することには無頓着です。
皇族の発言はそれだけで強い影響力を持つのですから、慎重になってなりすぎることはありません。
この方は、自分が一番大切で、自分を傷つけるものは全て悪いと決め付けているのではないかしら、そう思いました。それは、発育途上にある、非常に世間の狭い子供にありがちの発想なので、何ともフォローのしようがありません。